大判例

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東京高等裁判所 平成6年(ネ)2068号 判決 1994年10月27日

控訴人 国

代理人 足立哲 山田利光 ほか二名

被控訴人 大興商事株式会社

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  右部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

控訴棄却

第二当事者の主張

一  請求原因(被控訴人)

1  株式会社東京相互銀行は、東京法務局に対し、昭和六〇年六月一四日同法務局昭和六〇年度金第二六二九五号をもって金二六八万円を、同月二七日同法務局昭和六〇年度金第三〇七七八号をもって金一〇〇〇万円を各供託し(以下、合わせて「本件供託」という。)、被控訴人は、同年八月二八日、東京法務局供託官に対し、右供託金の合計一二六八万円(以下「本件供託金」という。)の払渡請求をし、この請求に基づき、東京法務局供託官は、同日、被控訴人に対し、左記の小切手(以下「本件小切手」という。)を振り出し、これを被控訴人に交付した。

(一) 番号  XN〇七五四一

(二) 額面  金一二六八万円

(三) 振出日 昭和六〇年八月二八日

(四) 振出地 東京都千代田区

(五) 振出人 東京法務局供託官小坂文弘

(六) 支払人 東京都中央区日本銀行

(七) 受取人 被控訴人

(八) 東京法務局供託官の小切手整理番号 八五二四番

2  被控訴人は、その後、本件小切手を紛失したため、平成五年六月一八日、東京法務局供託官に対し、小切手法七二条の規定に基づき、本件小切手の額面金額相当額につき利得償還請求をしたところ、振出後五年を経過し、利得償還請求権は時効により消滅しているとして、支払を拒絶された。

3  本件供託(執行供託である。)は、民法上の寄託契約の性質を有するところ、本件小切手の交付は「支払のために」されたものであり、これによって供託金の払渡請求権を消滅させるものではないから、被控訴人は、控訴人に対し、寄託契約に基づく本件供託金の払渡請求権を有する。

4  よって、被控訴人は、控訴人に対し、寄託契約による払渡請求権に基づき、本件供託金一二六八万円及びこれに対する払渡請求権の行使が可能となった昭和六〇年八月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否と抗弁(控訴人)

1  請求原因1の事実は認める。同2のうち、被控訴人が本件小切手を紛失したことは不知、その余の事実は認める。同3のうち、本件供託が執行供託であることは認め、その余は争う。

2  抗弁(払渡請求権の消滅)

供託官は昭和六〇年八月二八日、被控訴人に対し、本件小切手を振出して交付した(請求原因1)ところ、本件小切手の交付は、会計法四九条、一五条により、「現金の交付に代え」てされたものであり、供託金払渡請求権者の承諾を要することなく、当然に代物弁済の効力を生ずるから、これによって本件供託金の払渡請求権は消滅した。

三  抗弁に対する認否と反論(被控訴人)

本件小切手の交付が「現金の交付に代え」てされたものであり、被控訴人の承諾なくして代物弁済としての効果を有することは争う。

右一の3のとおり、供託は、民法上の寄託契約であるから、供託金の払渡しにおいて代物弁済の効果が生ずるのは、両当事者の合意がある場合に限られるものというべきところ、供託金の払渡しにおいて供託金受領者として供託所に出頭する者の中には代理人や取立委任を受けた者、単なる使者に過ぎない者など代物弁済契約を締結する権限を持たない者もあることからすれば、払渡しにおいて代物弁済契約が成立するような一般的状況がないことは明らかであるし、小切手の交付が専ら供託所の事務処理上の便宜を目的とする以上、右事務処理の目的達成のためには小切手の交付が可能であるとするだけで足り、小切手の交付に代物弁済の効果を結び付けることは、払渡請求権者の一般的な意思に反して不利益な合意を推定することとなり、許されないものといわなければならない。右のような不利益は、払渡請求権者に現金か小切手かの選択権がない現行制度の下ではことに重大である。また、供託金の過誤払の処理として、供託事務取扱手続準則及び供託先例は、供託官は、過払があったときは、受領者に過払額を現金で返還させ、支払額に不足のあるときは、権利者に不足金額を請求することができる旨催告し、その請求がないときは、供託金払渡請求権の消滅時効の完成をまって歳入扱いすることとされているが、これらの取扱いは、小切手の交付に供託物払渡請求権の消滅を結び付けておらず、むしろ、これが消滅しないことを前提として初めて理解が可能であるから、小切手の交付は、現金の支払に代えてされるものでなく、あくまでも支払のためにされるものというべきである。

第三証拠関係

<証拠略>

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

<証拠略>によれば、被控訴人が本件小切手を紛失したことが認められ、請求原因2のその余の事実は当事者間に争いがない。

二  供託官により本件小切手の振出し(交付)がされたことによって、本件供託金の払渡請求権が消滅するといえるか、につき検討する。

1  供託金は、一時国において受け入れるが、後に払い渡すことが予定されている保管金であり、歳入歳出予算に基づくものではないから歳入歳出外現金たる国庫金である。

ところで、供託金は、供託法によれば、供託所(法務局若しくは地方法務局又はその支局若しくは法務大臣の指定する出張所)が保管することになっているが(同法一条)、供託金の受入れを取り扱わない供託所の場合は、供託者から直接日本銀行に納入され(供託規則一八条参照)、また、供託金の受入れを取り扱う供託所の場合は、受け入れた供託金を、日々一括して日本銀行に払い込むことになっているので(供託規則二〇条、予算決算及び会計令一〇三条。なお、昭和四七年三月四日民事甲第一〇五〇号法務省民事局長・法務大臣官房会計課長通達「供託事務取扱手続準則」(以下「準則」という。)四〇、四一条参照)、実際には、日本銀行で保管され、同銀行が供託金の出納の取扱機関となっているのである。

そこで、供託金の払渡しの関係をみるに、まず、会計法四九条は、「歳出金の支出によらない国庫金の払出をする場合について」、同法一五条の規定を準用する旨定めているから、供託金の払渡しは、同条の規定に準じてされることになるところ、同条は、「現金の交付に代え、日本銀行を支払人とする小切手を振り出し、又は大蔵大臣の定めるところにより国庫内の移換のための国庫金振替書(以下「国庫金振替書」という。)を日本銀行に交付しなければならない。」と定め、その細則は大蔵省令(保管金取扱規程、保管金払込事務等取扱規程(以下「保管金払込規程」という。)なお、予算決算及び会計令一〇五条参照)により定められている。

この関係について、供託規則二八条は、一項で小切手の振出しによる払渡手続を、二、三項で国庫金送金、国庫金振替の手続を規定しているが、前者の規定である一項は、供託金の払渡しをするときは、供託官は、「大蔵大臣の定める保管金の払戻に関する規定にしたがい小切手を振出して、請求者に交付しなければならない。」と規定し、保管金払込規程八条一項は、「保管金の払いもどしをしようとするときは、記名式持参人払の小切手を振り出さなければならない。」として、右の会計法の規定と平仄を合わせている(なお、供託規則二八条二、三項については、保管金払込規程八条二項、八条の二、九条参照)。

2  右1によると、供託金の払渡しは、原則として、供託官が、会計法規の規定に基づいて、日本銀行を支払人とする記名式持参人払小切手を振り出し、これを払渡請求者に交付する方法により行われるのであり、本件もその事例である。

ところで、供託金の払渡しについては、右1のとおり、会計法一五条の規定が準用されるので、同条の趣旨につき検討する。同条は、歳入歳出予算に基づく支出について、「現金の交付に代え」、日本銀行を支払人とする小切手の振出しをするべき旨規定しているから、右支出につき、現金の交付という支払方法によらずに、右小切手の振出しという支払方法によるべきことを定めていることは明らかであるが、同条は、更に進んで、右小切手の振出しによって、右支出を完了させるとの趣旨、すなわち、右小切手の振出しによって、右支出に関わる国の債務を消滅させ、これに代わって右小切手の支払義務を発生させるという代物弁済の趣旨をも包含していると解するのが相当である。

右の代物弁済としての効果は、法律の規定により生ずるものであるが、国の支出を現金によらずに小切手によることとしたのは、現金の取扱いをできるだけ、国の会計機関にさせず、専門の日本銀行に担当させて、会計上の不正事故の発生を防止するとともに、安全かつ確実な支払を図るためであり、また、小切手の振出しに代物弁済の効果を認めたのは、国の支払能力には不安がないから、それによって債権者の保護に欠けることは殆ど考えられず、他方、右効果を認めないと、大量に行われる国の支出の完了の時期が明確でなくなる虞があるためであると解されるのである。なお、右の代物弁済の効果は、それが法律上当然に生ずること並びに債権者の保護及び国の債権の健全な管理の見地からすると、小切手の額面金額と支出に係る国の債務の額との対当額について、生ずることはいうまでもない。

会計法一五条の右のような解釈を前提とすれば、供託者が本件小切手を被控訴人に振り出した(交付した)ことによって、本件小切手の額面金額と対当額である本件供託金の払渡請求権は、消滅したものといわなくてはならない。

3  右1、2で述べた点に関連する被控訴人の主張の若干について検討する。

(1)  被控訴人は、供託の性質が民法上の寄託契約とみられる以上、小切手の交付による代物弁済の効果が生じるためには、払渡請求権者の承諾を要する旨主張するが、会計法一五条の右2で述べたような解釈を供託金の払渡しに関してもそのまま準用して、小切手の振出しに代物弁済の効果を認めることが、供託の性質に反して許されないとは到底解されないから、被控訴人の右主張は採り難い。

(2)  被控訴人は、小切手の振出しに代物弁済の効果を認めることは、払渡請求権者の一般的な意思に反して不利益な合意を推定するものであって許されない旨主張するが、小切手の振出しに代物弁済の効果を認めるのは、合意の推定によるものではなく、会計法一五条の解釈と同条の規定を供託金の払渡しについて準用した結果であるから、被控訴人の右主張は採り得ない。

なお、供託官が振り出す日本銀行を支払人とする記名式持参人払小切手は、支払われることは確実であり、取立ても、支払人の日本銀行に赴けば直ちに支払を受けることができるし、他の金融機関からの取立ても可能であり、また、多額の場合など現金よりも便利なときもあって、受領者にさほどの負担を負わせるとはいえない。さらに、紛失、盗難等の場合も、小切手であるため、利得償還請求権等の小切手法上の保護を受け得るし、右小切手は、通常の小切手と異なり、呈示期間が一年間とされているのである(会計法二八条)。しかも、供託規則は、一定の場合に、供託金の払渡請求者にその選択により、国庫金送金、国庫金振替の方法も認めているのである(同規則二二条二項五、六号、二八条)。

これらを合わせ考えると、右小切手の受領が、現金に比べて必ずしも不利益とも断定できないのである。

(3)  被控訴人は、供託金の過誤払の取扱いに係る準則の定めや供託先例は、小切手の交付に払渡請求権の消滅を結び付けておらず、むしろ、右請求権の残存を前提として初めて理解が可能であるから、小切手の交付は現金の交付に代えてされるものではなく、あくまでも支払のためにされるものと解すべき旨主張する。

準則八九条一項は、供託金又は供託金利子の誤払過渡があったときは、出納官吏は、その受領者から現金を受領して日本銀行に払込みの手続をしなければならない旨規定し、供託関係の先例によれば、供託官吏の過誤により過少の金額を支払ったときは、請求者からの不足額の払渡請求に対し、不足額の支払をしなければならず、その請求前に過少の金額を支払ったことを発見したときは、供託官吏は、請求権者に対し不足金額の請求をすることができる旨の催告をし、その請求がないときは供託金の消滅時効の完成をまって歳入編入の手続をする取扱をしている(昭和三四年二月一二日民事甲第二三五号法務省民事局長回答。供託関係先例集第二巻先例番号二七)ことが認められる。

しかし、2にみたとおり、会計法一五条の規定により、払渡請求に対する小切手の振出しは、代物弁済の効果を有するが、右効果は小切手の額面金額と払渡請求権の額との対当額について生ずるものであるから、過払金額につき、国に不当利得返還請求権を認め、他方、過少払金額につき、払渡請求権者に払渡請求権を肯定することは、当然であり、被控訴人の右主張も当を得ない。

三  結論

以上によると、被控訴人の本訴請求は理由がなく、これと異なる原判決中の控訴人敗訴部分は不当であるから、これを取り消し、右部分に係る被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木康之 三代川俊一郎 伊藤茂夫)

【参考】第一審(東京地裁 平成五年(ワ)第一三五二九号 平成六年四月二六日判決)

主文

一 被告は、原告に対し、金一二六八万円及びこれに対する平成五年六月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 原告のその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金一二六八万円及びこれに対する昭和六〇年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一 請求原因

1 株式会社東京相互銀行は東京法務局に対し、一二六八万円を次のとおり供託した。

(一) 昭和六〇年六月一四日 昭和六〇年度金第二六二九五号

供託金額  金二六八万円

(二) 昭和六〇年六月二七日 昭和六〇年度金第三〇七七八号

供託金額 金一〇〇〇万円

合計金一二六八万円

2 原告は、東京法務局に対し、昭和六〇年八月二八日、右供託金一二六八万円の払渡請求をし、同日、東京法務局から、右請求に基づく供託金支払のために左記小切手(以下「本件小切手」という。)を受領した。

(一) 番号  XN〇七五四一

(二) 額面  金一二六八万円

(三) 振出日 昭和六〇年八月二八日

(四) 振出地 東京都千代田区

(五) 振出人 東京法務局供託官小坂文弘

(六) 支払人 東京都中央区日本銀行

(七) 受取人 原告

(八) 東京法務局供託官の小切手整理番号 八五二四

3 その後、原告は、本件小切手を紛失し、平成五年六月一八日東京法務局に対し、小切手法七二条の規定に基づき、右小切手の利得償還請求手続をしたところ、振出後五年の期間が経過し、右利得償還請求権は、時効により消滅しているとの理由で支払を拒絶された。

4 前記供託は、民法上の寄託契約の性質を有するから、供託金の払渡請求権の消滅時効は、民法の規定により一〇年をもって完成するものである(最高裁判所昭和四五年七月一五日判決、民集二四―七―七七一)ところ、前記供託金を供託した日は、前記1記載の各日であり、原告が東京法務局から右供託金払渡のために本件小切手を受領した日は、昭和六〇年八月二八日であるから、民法上の寄託契約に基づく供託金の払渡請求権は、成立後未だ時効消滅期間である一〇年を経過していない。

5 よって、原告は、被告に対し、寄託契約に基づき金一二六八万円及びこれに対する払渡請求権の行使が可能になった昭和六〇年八月二八日の翌日である同月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1及び2の事実は認める。

2 同3のうち、原告が本件小切手を紛失したことは不知、その余の事実は認める。

3 同4のうち、原告が引用する最高裁判決が、弁済供託について原告主張のとおり判示していること、本件供託金の供託年月日及びその額、並びに原告が本件供託金の払渡しによって本件小切手を受領したこと及びその年月日は認め、その余は争う。

なお、本件供託は、昭和六〇年当時の民事執行法一五六条二項、一七八条五項に基づく、いわゆる執行供託であり、弁済供託ではない。

また、本件供託金の払渡請求権は、原告からされた昭和六〇年八月二八日の払渡請求に対し、払渡認可がされ、本件小切手が交付されたことによって消滅している。

第三証拠

<証拠略>

理由

一 請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二 <証拠略>によれば、原告が本件小切手を紛失したことが認められ、請求原因3のその余の事実は当事者間に争いがない。

三1 本件の争点は、原告からされた昭和六〇年八月二八日の本件供託金の払渡請求に対し、払渡認可がされ、本件小切手が交付されたことによって本件供託金の払渡請求権が消滅しているか否かである。

2 被告は、供託金の払渡手続については、供託規則(昭和三四年法務省令二号)二八条一項で「供託官は、供託金の払渡の請求を理由があると認めるときは、供託物払渡請求書に払渡を認可する旨を記載して押印し、請求者をして当該請求書に受領を証させ、大蔵大臣の定める保管金の払戻に関する規定にしたがい小切手を振出して、請求者に交付しなければならない。」と規定されており、大蔵大臣の定める保管金の払戻しに関する規定である保管金払込事務等取扱規定(昭和二六年大蔵省令第三〇号)八条一項では「取扱官庁は、保管金の払いもどしをしようとするときは、記名式持参人払の小切手を振り出さなさればならない。」と規定されており、供託金払渡請求権は小切手の交付により消滅するのであって、右小切手の振出は、供託金払渡請求権に基づく払渡請求に対する支払に代えて交付するものであるから、右小切手の振出により供託金払渡請求権は消滅し、供託関係は消滅すると主張し、「小切手を振出して、請求者に交付しなければならない。」と規定されている趣旨は、供託事務が大量で、しかも、確実な処理を要する関係上、法律秩序の維持、安定を期するという公益上の目的によるものであって、供託官が振り出す小切手は、日本銀行を支払人とするものであり支払が確実であると主張する。

3 供託金払渡請求に対して供託官が小切手を振り出さなければならないことから、直ちに右小切手の振出が供託金払渡請求権に基づく「支払に代えて」交付するものであると解することはできない。

供託金払渡請求権に基づく払渡請求に対して小切手を振り出すことが支払に代えて交付するものであるとすれば、右小切手の交付は代物弁済と認められるところ、現金の支払の代わりに小切手を交付することは、一般に代物弁済が債権者に不利であることから支払に代えて交付するものではなく支払のために交付されるものと推認され、また、代物弁済が成立するためには当事者の意思の合致が必要である。

供託金払渡請求権に基づく払渡請求に対する本件小切手の交付は、供託金払渡請求権者の意思にかかわらず行われるものであること、本件小切手は、日本銀行を支払人とするものであり支払が確実であるけれども、小切手上の権利は一年で時効により消滅し、あとは利得償還請求権があるのみであり、それも五年の経過により時効によって消滅すると解されるものであり、供託金払渡請求権が一〇年間で消滅時効にかかることに比べ不利益な面が存在すること、「小切手を振出して、請求者に交付しなければならない。」と規定されている趣旨が、供託事務が大量で、しかも、確実な処理を要する関係上、法律秩序の維持、安定を期するという公益上の目的によるものであっても、そのことによって供託金払渡請求権者に不利な代物弁済であると解さなければならないものではなく、右趣旨から支払方法として小切手の交付という方法を採用したにすぎないとも解されること等を考慮すると被告主張のように、本件小切手の交付が代物弁済であると解することはできず、支払のために交付されたものと解される。

また、本件小切手の交付が代物弁済であると解すると、供託事務取扱手続準則八九条一項が供託金等の誤払過渡の場合の返納を規定していること等が説明できず、右説明のために供託の場合には本来の代物弁済とは異なる意味で「支払に代えて」小切手が交付されるものであると解さなければならない必要性も認められない。

弁済供託と執行供託の各払渡請求における小切手の交付の意味について異なった解釈をしなければならないとは解されない。

4 したがって、被告の前記2の主張は採用できず、本件小切手の交付は本件供託金払渡請求権に基づく払渡請求に対する支払のために交付されたものと認められる。

四 原告は、昭和六〇年八月二八日金一二六八万円の小切手の交付を受けたものであり、右小切手により原告が交付を受ける金員は右金額のみであること、原告は右小切手の交付を受けた後、小切手を紛失し、本件供託金払渡請求権を行使したのは、平成五年六月一八日であるから、被告が本件供託金払渡請求権に応じないことによって支払遅滞に陥るのは右請求日後である。よって、原告が遅延損害金を請求できるのは平成五年六月一九日からであるから、それ以前の遅延損害金の請求は理由がない。

五 以上によれば、原告の請求は主文第一項の範囲で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言についてはその必要がないものと認め付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 天野登喜治)

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